2007年01月30日

至急電報「フクジュソウサイタ」

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2007年1月28日赤沢発「福寿草の開花」第一報です
良く晴れた日曜日の朝10時、石畳を下りてきたご夫婦に出会いました。「甲府から福寿草を見に来たけれどまだ咲いてませんでした」と残念そう。しばし雑談して別れた後、集落内で最も早く開花しそうな場所をグルリと探索したところ、やっぱり咲いてました。それからご夫婦が見に行った寺の裏手の群落自生地には20輪ほどが咲き始めたところです。日差しが強くなって気温も上ってきた正午近くに一斉に咲きだしたようです。あと2時間待てば開花が見られたのにホントに残念でしたねえ。
 只今冬眠中のそば処武蔵屋は2月10日より土日祝日営業します。その頃に再度お出でになるということなので丁度見頃かと思います。

29日(月)には福寿草群落に「節分草」の可憐な白い花が3輪咲きました。通常は節分草が先で、後から福寿草の開花という順序なのですが、今年は逆転しています。しかも福寿草は例年より2週間以上も早い開花でした。
 本日はそば屋の庭下でも福寿草が一斉に咲き始めたのです。
節分草の群落はまだ咲く気配さえありません。しかも鹿か猪が踏み荒らして行った形跡がアリアリ。(こんだクニオさんにゆってシバイてもらーだ!)
   ↑
  (こんだぁクニオさんにゆってシバイてもろーどぉ〜に)
※先日○△□会に顔出したら、「一ヶ所ちごーどぉ」とあちこちから一斉に正しい早川弁のチェックが入ったもんです。これでオラがニセ早川人ってことが白日の下に・・・・・・・・・・っていうかさぁ、ロム専ってズルイじゃん!
みんな早川原人の末裔なのにさ・・・・・・・・・・・・・・・・ブツブツ仏仏仏。

参考まで
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2005年2月20日の赤沢、雪が溶けきらない寒い日でも日本ミツバチが蜜の採取にきてます。
posted by ヒコベエ at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 野生動植物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月27日

便所がおもしろい

 赤沢の便所が面白いんだけど、紹介するには正月早々ふさわしくないかなぁ?と友人に話したところ、「いいんじゃない!年の初めにウンが付くのは」の一言に、便秘から開放されたような爽快な気分でスタートします、赤沢便所にまつわるウンチクの数々。

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大阪屋旅館の奥に「赤沢資料館」と共に当便所が公開されています・・・・ので、大っぴらに便所を覗き見できます。  が、しかし、当便所は水洗便所に改造した公衆便所でもありますので、誰かしら使用中でないことをご確認の上でお願いします。
 
見どころその@ 便所の右側にナマコ壁の土蔵(文庫蔵)が建ってますが、これが明治10(1877)年の建築です。そして、蔵に接する便所の屋根の軒先が左側に比べ短いのがお解かりでしょうか?コレは便所が建っている処に後から土蔵が割り込んできたことを教えています。 
 えっ?こんな小さな小屋なら簡単に移動できるだろう、 ですって?
ところがギッチョン、便所は便槽が命なので、わずかな距離が動かせないんですよ。ということで、便所とはいえ江戸時代からこの場所に居座っているというたいへん貴重なモノなのです。

そのA 便槽の構造ですね。直径五尺・深さ五尺の桶が埋けてあり、クレには厚さ一寸五分の腐りにくい栗板が使われています。底板は無く粘土で固められていました。解体復元工事の際には江戸期以来の伝統的な糞便と共に桶部品の全てを掘り出し、清掃修繕して元の形に納めた訳ですが、工事関係者の皆さんには大変ご苦労をかけました。おかげで誰もが触って見れて学べて、しかも使える便所が出来たのです。

そのB つづく
posted by ヒコベエ at 00:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 便 所 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月23日

冬は漬物にチャリンポリン

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冬の赤沢の名物は何といっても漬物、「白菜とタクアン」が絶品。
茶受けにいただいた白菜の漬物ですが、コレでご飯3〜4杯はいけます。

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秋は「栗の渋皮煮」「さつま芋」もGood、「大根の煮付け」ンまいな。赤沢では欠かせない食べモンです。近頃村で流行の「チャリンポリン」という大根と葉っぱを軽く塩揉みしたのが美味しいです。大根は千六本でなく、桂剥きを糸状に切るのがミソのようです。チャランポランじゃなくチャリンポリンですから・・・・念のため。
 傾斜面の畑土は小石交じりで表土も浅いけれど、穫れた野菜はエグミがなく甘いから煮物でも漬物でも旨味が濃いといいます。地味が良いんでしょうかね、

雑草だって半端じゃなくすごいです。ブタクサとかヨモギなどチェーンソーが要るくらい、葛藤のツタのはびこり様もまったく尋常じゃないんだから。此処では人間の生存権を賭けたケンカ腰での夏草との戦いがあります。
・・・・・・・あっ まだ正月だった。 
posted by ヒコベエ at 00:51| Comment(5) | TrackBack(0) | 食べ物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月02日

賀正

年賀状H19.jpg   新年おめでとうございます
よたよたと歩き始めたブログ「赤沢宿よいしょっと」ですが、早いもので一月が過ぎました。毎日見てくださる方々がいらっしゃるのに、記事の更新が遅くて申し訳ありません。
実はあまり沢山の記事ネタがありすぎて選択に困っているのです
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ウッウソです。ふらふら
 真面目で正しいジョーホーをモットウに日々精進しつつ書きこみ書きこみ申し候ですので、これからもお見捨てなさりませぬよう、皆さま本年もよろしくお願い申し上げます。
posted by ヒコベエ at 23:44| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月25日

白銀

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皆さんはじめまして。学生だった頃に調査で赤沢に出入りするようになり、ン年目のしばっちです。
私もよってたかってこのブログを書いていきますので、よろしくお願いいたします。

さて、今日は久しぶりに赤沢に上りました。
そして、さぁ帰ろう、と思った時に見えたのが真っ白な南アルプスでした。
ちなみに、七面山の登り口である羽衣の橋の上からも、南アルプスがとってもきれいに見えるんですよ。

寒い時期に赤沢にお越しの際は、ぜひ南アルプスの眺めを楽しんで下さい!
posted by しばっち at 13:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

若山牧水歌碑が建つ

身延参り〜七面山登拝は日蓮宗信徒ならずとも名所旧跡を訪ねる遊山の旅ルートとして古くから多くの文人墨客が赤沢を訪れています。特に大正〜昭和初期に多かったようですが、赤沢には揮毫や宿帳記録を残しておらずあまり知られていません。そんな中で、若山牧水さんが大正13年七面山への道中に詠まれたという31首が歌集「黒松」に収録されておりました。その折投宿したえびす屋旅館の二階座敷から詠んだと思われる短歌(註1)を記念した歌碑が七面山麓羽衣橋際に建っています。
(註1)山襞の しげきこの山 いづかたの 襞に啼くらむ 筒鳥聞こゆ 

 ※短歌集「黒松」http://www.j-texts.com/kindai/bokusui/kuromatsu.html

そして今年2005年6月 赤沢の昔青年たち(望月石材さんの発願、内藤工務店の助力、青年同志会の尽力など)の奉仕により、新たに2基の歌碑が村内に造られました。
すごいですねー 拍手!
(ただね、メンバーの中に短歌を詠む人がひとりも居ないってのは ねぇ ちと残念だが) 
だから尚更エライ! 。
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左:花ちさき 山あぢさゐの 濃き藍の いろぞ澄みたり 木の蔭に咲きて
 正面に七面山全景を望み、眼下に赤沢集落を見おろす石畳往還のスタートライン、此処に立てば誰しも一句一首ひねりたくなること確実請け合い。


右:雨をもよほす 雲より落つる 青き日ざし 山にさしゐて 水恋鳥の声 
 ※水恋鳥はアカショウビンの異称
 雨・雲・青・山・水、それに花・山・濃い・色・木陰 一つの語が次へ次へと連なり全体が一色の風景になる、って良いもんだねぇ。こういうのも韻というのかな?

どれワシも一句?じゃなく一首詠むだぁ。
シラトリは悲しいずらよー うすら汚れと ペンキの青が 落ちんで困らぁ

コラァ!なーにやっとるかぁ・

あっ・・・・・天の方から声が・・・・・・・
こりゃまた失礼しましたぁ(サッサと逃げる)
歌碑は集落の下の方、石畳沿いの民家の庭先に建ってます。


参照http://www.town.hayakawa.yamanashi.jp/fm/diary.php?itemid=418&catid=59

posted by ヒコベエ at 00:47| Comment(1) | TrackBack(0) | 赤沢伝説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月20日

万能丸で行こう

mannougan.jpg何気なく夕刊をめくっていたら“おやっ”と目に止まった記事がこれです。
マンノウガンは耳にしたことあるけど「万能丸」と書くとは初めて知りました。早川町が誇るべき言葉ですよね。
一般に百姓という語が=農民と誤解されていますが「百の姓を持つ人々」という敬称であり、「万能丸」にも相通じる日本の古き良き伝統を意味しているのではないでしょうか。
 毎日新聞の磯和記者は、暗い話題が続く世相に対して “万能丸で行こうよ” 「LOOK早川町!」と世の中にエールを送ってくれたのだと思います。

この記事は毎日新聞2006年12月19日夕刊に掲載されたので、当の早川町民には届いていないのが残念ですが、首都圏の多くの人々が早川町に目を向けて、サポーターになってくれるといいなぁ。

ちなみにお問い合わせは日本上流文化圏研究所 пi0556-45-2160)です。
posted by ヒコベエ at 12:05| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月15日

景観を修景すると

江戸屋全景.jpg

町並みの写真を撮ろうとすると、どうやっても電信柱と電線が写るんだわね。
コレが邪魔っ!
電力線・電話線・2系統のTV共視聴線、これらケーブルが蜘蛛の巣状態で集落を覆っているもんだから、写真家をして「これは撮らせないために意図的に仕組まれたものに違いない」と嘆かせている。
  
ウーン  確かにね  そうかも知れないなー。
赤沢にだって「肖像権」ってものがあるべし、そう簡単に撮られたくは無いわね。
かといって、村の許可を得ていざ撮ろうとしても・・・・・撮れんか。

するってーとコトは電力会社とNTTと村のTV組合がテンデンバラバラに柱を建て線を引いたってことに起因するな。
あっち痛いこっち痛いと言っちゃ膏薬をベタベタ貼り回した結果だわね。
見苦しいことはなはだしいけど、これも村の歴史と大切に残していけば、将来日本中の電柱電線が消える日が来た時には重要な近代化遺産になるだろう・・・・・・・・かねぇ?

ものは試しに電線・電柱を外して見ようってことで。

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結構良いんでないの! やはり伝統的な風景はモノクロが似合う。
目障りなモノが消えるだけで視界が広がり背景との調和が際立つようです。

↓ついでに明治39年の古写真を
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明治10年築の建物ですが現在とほとんど変わっていません、変わったのは上屋・下屋根が笹板(栗ヘギ板)葺き⇒トタン葺きに変わったぐらい。ただ当時の笹板葺きの手法では入母屋屋根の隅棟の雨仕舞いが造れなかった為でしょうか擬似入母屋の化粧屋根になっています。切妻⇒入母屋へ変化していく過程ですね。なお棟は杉皮葺きを算木で押さえ上に玉石を載せていた様子がわかります。
 この写真は大風に屋根板を剥されるなど被害を受けて大修理を行い、妻側二階腰壁を増築した工事完成の記念写真と思われ、宿泊客も座敷箒を三味線代わり頭に手ぬぐいを載せておどけた姿で写っています。ガラス乾板時代の貴重な記録です。

↓さらについでに
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寛政4年(1792)建築の土蔵は、記録が残る建物としては赤沢で最も古い建物です。天保8(1837)年の村大火に会いながら焼け残り、この折に土壁など大修理をしたようです。下って大正11(1922)年にトタン張の補修を行い、平成8(1996)年には半解体保存修理を施し大正11年当時の姿に戻しました。国産のトタン板は、官営八幡製鉄所が1906年頃生産開始したのが始まりといいますから、当土蔵のトタン張や「江戸屋旅館」の書き文字などは共に日本の近代産業の歩みを象徴しているように思います。当時トタン板は身延の山を越えて人の背に背負われて運ばれてきました。
posted by ヒコベエ at 01:48| Comment(2) | TrackBack(1) | 町並みと建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月13日

さざんかの宿

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むかしむかし♪曇りガラスを手でふいて〜♪なんち曲があったとさ。

さざんか休 受けもせずひとり 留守の宿   沈念ふらふら

野に色彩が乏しくなったこの時期に、ひとりサザンカの薄紅色の花に染めてさびしさをなごませてくれるのである。花びらのひとひらが音も無くひらりひらりと舞い降りる様などもいとおかし。
posted by ヒコベエ at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 町並みと建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月12日

新蕎麦はほんのりと薄緑色を差していた

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12月10日開店前の静かな早朝。ついこの間まで鬱蒼と繁っていた柿や欅だったのに・・・・・見晴らし良く明るくなりましたけどなんとなく寒そう。

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本日の昼食:モリ蕎麦¥600、野菜天ぷら¥200、キビご飯¥100
小鉢はサービス
蕎麦だけでもけっこうボリュウムがあるけど、“キビご飯あるよ”っと言われてつい頼んじゃった。よく見れば新蕎麦はほんのりと薄緑色を差していて、この時期にしか味わえない日本の伝統色(食)だよなぁ、とひとりでにニンマリしてしまう。

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店に置いてある芳名帳とは名ばかりの帳面を拾い読みしていたら「赤沢に過ぎたるもの二つあり、石畳に旨い蕎麦」とあった。で、お手軽ではあるが庭先から往還をパチリッ。
 先月ナイトーさんが斜面に繁茂する下草をキレイに刈ってくれたおかげで、あの柿の木の下一面に咲く節分草の花がよく見えるはず、新春の開花第一報を誰よりも早くこのブログで紹介したい       なー。
posted by ヒコベエ at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 美味しいそば処「武蔵屋」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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