2007年03月14日

87年前の新聞から

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古い木箱の敷き紙に使われていた古新聞紙を何気なく覗いて見たら、な、なんと大正9年6月12日(土)付けサンニチ新聞ではありませんか。よくもまあ残っていたものです。しかも大正5年11月15日改正??の甲武鉄道(JR中央線)「汽車発着時間表」が載ってますがな。4年間もダイヤ改正無し?これ見ると一日当たり、上り下り6本ずつで、始発が「飯田町」ってどこだろ?
 調べました。現在の飯田橋と水道橋の中間辺り、今JR貨物の建物があるる処が昔の「飯田町駅」跡地なんだそうです。
 この新聞紙の時間表は途中で破れていたので正確ではありませんが、当時飯田町〜甲府間を5時間半ぐらいかかったようです。
この頃身延線はまだ通じていなかったし、山間部の赤沢地区では新聞は郵便で配送されていました。


posted by ヒコベエ at 03:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月12日

年輪239本の栂(ツガ)柱

久しぶりに建築の話です。
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「市下」主屋の解体修理に際し、座敷廻りに使われていた建築当初材と思われる柱の断面写真は、1/3ほど欠損してますが太さは145mm角(4寸8分)、石場建てを布石基礎土台敷きに改修した折に底部を根継補修した時の端材です。
 この部材からどんなことが読み取れるでしょうか。
樹種は常緑針葉樹の栂(ツガ)、芯持ち材で過去に羽蟻か蜂などの虫害を受けています。ルーペを覗きながら年輪を数えたところ、なんと13センチの間に239本ありました。栂は成長が遅いといわれていますが、250〜260年を経てわずか5寸柱1本分しか生育できなかった自然条件とはいったいどんな環境だったのだろう?
民家の古材は木肌が黒ずんで樹種の判別が難しいのですが木口断面を見るとわかり易いのです。栂の木肌は赤松と見間違えるほど良く似ていますが、冬目はより黒く春目が淡桃褐色なのでコントラストのはっきりした木肌に特徴があります。

 そりゃそうと「栂の立木って見たこと無いな〜」という訳で、恥ずかしながら早川町森林組合の長谷川さんに教えを請いに伺いました。で、コレが樹皮の写真、赤松に良く似てます。葉っぱは樅より短く、槇にも似ているような?
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長谷川氏は「昭和30年代までは早川渓谷の県有林から相当量の大木を伐り出したが今は出ないねえ、標高千〜二千メートル辺には伐り出せないで残った大栂林がある」と言います。
 国産栂材は硬質で粘りがあり建築用材に適しているが、若齢期の栂は木目が螺旋状に育つために捻れや割れが生じ易いクセがあるので、小屋梁など目に触れない箇所の構造材としての用途が主です。しかも生育が遅いこともあり人工造林もされません。その一方で柱や敷居、鴨居、長押、縁甲板などの内法造作材に用いられる栂材というものがあります。木理が通直緻密で尚且つ12尺を超える柾目長尺材は、直径1メートルを超えるような数百年を経た天然木でなければ得られないのだそうです。 

今ではツガと言えば北米産のツガのことで、住宅の用材として安く大量に使われています。しかし、国産の栂は造林されてませんので天然木ですが、全く別物で銘木の扱いです。関東以北ではあまり馴染がなく知られていませんが、関西以西では「トガ(ツガ)普請」は数奇屋造りなど高級普請の代名詞として知られています。 先日伊豆の伊東・熱海で見学した昭和初期の別荘建築は、いずれもトガ普請の数奇屋建築でした。
 現在では、このような栂材は見ることさえできなくなっていますが、戦前には天城山奥や大井川上流の川根辺りから盛んに伐り出されて東京木場に集められたといいます。南アルプスの尾根の反対側・早川、雨畑、春木渓谷からも栂、テンカラ(天然カラマツ)、トウヒ、桧などの銘木を産出していたのです。

赤沢集落の直下を流れる春木川の源流域一帯は赤沢の持ち山ですが、最奥部に県有林があり、此処は江戸時代に幕府の直轄林「御林」でした。 宝暦11(1761)年「甲州巨摩郡赤沢村御林請改帳」によれば、赤沢山之内棚上山、御林壱所 南北参拾町、東西弐拾町 此反別知れず。桧木千本、杉五十本、樅千本、栂八百本、槻三十本、但し長三間位より五六間位まで目通り三四尺廻りより五六尺廻りまで。その他曲がり木筋木として桜、水楢、ブナ、小木が上げられ、都合六千五百本の木数が記されています。 他年代の村明細帳でも同じ木数を書いているので、これらの数字は正確ではないにせよ、桧、樅、栂が全体の4割を占めるほど大量に自生していたことがわかります。市下主屋の使われていた栂柱は春木渓谷の奥山高地の原生林から産出したものだろうと想像できます。
posted by ヒコベエ at 11:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 町並みと建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月09日

見てから食べる?

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1月末に開花した福寿草群落は今や野菜畑のように青々と繁っていますが、開花が遅れた日陰の傾斜地では節分草群落に混じって福寿草が同時に咲いている珍しい光景を見ることが出来ます。
 福寿草・節分草の次には「二輪草」が咲き始めますよ。

まず花を見てから蕎麦屋に直行?、あるいは蕎麦で腹ごしらえしてからゆっくりと花を見てあるく? イヤイヤ家並み見学が先でしょ?    おおっとぉ 桜がもうすぐ咲くらぁ。
みなさん!!どれから始めますか?

赤沢の春はこれから新緑を迎えます。・・・・新緑といっタラのの芽・コシアブラ・山椒にバラッパ・胡桃・朴葉にヨモギにコゴミ・ワラビにゼンマイ・蕗味噌・木の芽和え・・・・・・・・・
選り取り緑の食い放題・・・・・・・・い〜い季節です。
posted by ヒコベエ at 02:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 野生動植物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月01日

赤沢の歴史が詰まっています。

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場所は「2006.12/5赤沢宿へごあんない」パンフをクリック参照してください。 
 なんとも無愛想な資料館ですが中身は濃いんです。入口は正面右側の引き違い板戸です。元は大阪屋旅館の番頭さんの住まいだったようで、建築当初は平屋建て茅葺き屋根の建物であったのを明治23(1890)年に大改修を行い現在の総二階に変えたことが判りました。平成3年に半倒壊状態だった建物を「よいしょっと」起して、再び保存修理を施し資料館として公開民家になりました。見学料金は・・・・今のところ無料です。  が、寸志は断ってはおりませんハイ。

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おばあちゃんがひとり留守番をしていますので、見学の際には一声かけてください。ただし耳が遠〜いので返事は期待できません。一階展示室は杣・木挽き道具など生産生活用具の展示です。
床下土間に大きな穴が掘られていますが、備荒作物のさつま芋をモミ殻と共に保温貯蔵したイモグラがありますから、足元にご注意を!

DSCN0990-4.JPG  DSCN0997-5.JPG  二階展示室へは急なはしご段を登り、床は畳敷きです。旅館の接客用具や調度品を所狭しと展示しています。
展示品の一つひとつが、故人があるいは家族がかつて所有していた遺品です、大切にしてくださいね。
posted by ヒコベエ at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 赤沢資料館 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月14日

続続・便所がおもしろい

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六尺四方の壁を石積みと粘土で固めた大きな便槽の上に、かつては切妻屋根を被っていた平入り型の便所ユニットが乗っています、入口は開放になっていて、踏込みから一段高い床の袖壁に各々板ドアが付きます。
現在は屋敷への導入斜路(コンクリート路盤)の下にひっそりと納まって物置に代用されています。というのは、赤沢地区は平成2年に集落下水道が完備されて、以後急速に主屋内型の水洗便所に切り替わったために、従来の汲み取り式の外便所は使われなくなりました。

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これ良いでしょう、元々屋根が付いて無い便所ユニットの例です。主屋に付属する納屋の一隅に設置されていました。人目に触れない場所にあって、腰板の高さも三尺ほど、山々の景色を堪能しつつ開放感に浸りながら用をたすことができますね。     贅沢?です。
posted by ヒコベエ at 01:32| Comment(3) | TrackBack(0) | 便 所 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月08日

新聞紹介記事(過去)

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産経1999(H11).5.30      山梨日日2005(H17).5.10

sanniti-3.JPG sanniti-1.JPG
山梨日日2005.7.10        山梨日日2005.9.30

akahata-2.JPG          
赤旗2005.10.9
posted by ヒコベエ at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 掲載記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月06日

ヤマアカガエルの産卵

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2007年1月29日
石畳脇の小さな水溜りを「泉水(センスイ)」と言いますが、このわずかばかり水溜りが、毎年幾百幾千匹もの蛙が巣立ち山に帰っていく自然界の重要な役割を果たしています。

 今年は暖冬でしたが、例年通りのこの時期にヤマアカガエルが産卵していました。この泉水では、後からヒキガエル(ガマ)やモリアオガエルが順にやってきて産卵し孵化する場所なのです。
いずれもレッドデータブックに載る稀少生物たちですから、蛙になって山にカエルのを暖かく見守ってくださいね。

 泉水と言えば今では観賞魚の池のことですが、かつて赤沢の旅館などでは、客に提供するためのうなぎや鯉の生簀として泉水を設けていたそうです。

追伸 話はちがいますが、「美味しいそば屋・武蔵屋」は2月10日より店が開きます。土日祝祭日のみ am11:00〜pm3:00営業ですが、時に休む場合がありますのでお出掛け前に電話で確認するのがモアベタアですよ。
・・・ということで
そば処「武蔵屋」 電話/fax:0556-45-3117(休みの日は留守)
・・・でありますから
内藤工務店 0556-45-2163(なっちゃん宛)にお電話ください。
posted by ヒコベエ at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 野生動植物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月05日

節分草が咲いてます

赤沢集落内は節分草と福寿草の自生地です
セツブンソウ023.JPG

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此処に咲く節分草の花は、花弁の形がスラッとした切れ長でとても品のある形をしています。
近頃TVなどでも紹介されて、大勢の見学者がおとずれるようになりなりました。たいへんうれしいのですが同時に困ったことも生じています

直径2cmほどの可憐な花を写真の撮ろうとして足元に咲く他の花を踏み潰したり地面を踏み固めてしまうため、自生地エリアが狭まってきているのです。福寿草は花の株が持ち去られてしまうのか、場所によってずいぶん減ってしまいました。これは翌年の開花時期になってはじめてわかることなので防ぎようがありません。いまのところ対策を講じてはいませんが、多くの方に楽しんでいただけるよう、みなさん一人一人の良識にお願いしたいと思います。
posted by ヒコベエ at 15:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 野生動植物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月04日

雄滝・雌滝も暖冬です

雌滝(めたき)
metaki1197.jpg 衣橋雌滝-1.JPG
2007年1月20日     2006年1月20日

雄滝(おたき
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2007年1月20日     2006年1月20日

例年なら春木川渓谷は滝が結氷する時期ですが、今期は暖かくて冬らしい景色が見られません。七面山登山口の羽衣橋脇にあります雌滝は、登拝前に身を清める滝で、江戸初期に女人禁制を解いた「お万さま」の銅像が建っています。お万の方(養珠院)は家康の側室で、徳川御三家・紀州藩と水戸藩初代のご母堂ですが、水戸黄門(光圀)のおばあちゃんといった方が判りやすいでしょうか。菩提寺はJR身延駅の富士川対岸に位置する大野山本遠寺(ほんのんじ)。国重要文化財の本堂は只今大掛かりな復元修理中ですが今年度中に完成するそうです。

雄滝は雌滝の300mほど上流にあり水量も豊かですが、弁天堂の裏手にあって望見できません。そのことがかえって霊験あらたかな神秘性を保っています。昨年お堂が修復され、がけ下の歩道も整備されたので、より身近な存在になりました。
みなさんも是非この双竜の滝に打たれて、幾百の煩悩にまみれた日頃の生活の垢を洗い清めてはいかがでしょうか。(行着を貸してくれる脱衣所完備)
posted by ヒコベエ at 20:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 自然環境と景観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月03日

続・便所がおもしろい

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見どころそのB
床下と便槽の間に丸竹に8角形の板が付いてますが、コレなんだか判りますか? 写真を見てすぐに判る人は田舎で育った団塊世代より上ということがバレちゃいますね。私はず〜っと下ですがコレを見て“こんな大発明があったのか”とすごく感動しました。昔はみな汲み取り便所でしたから、ポットン便所とも言って大便をするとポチャンと跳ね返りが尻まで届くんですよ。ウヒャーッてなもんで、この恐怖感といったら・・・・・

 この装置は、落ちてきた便を一旦8角形の板の縁で受けると、その重みで丸竹の軸が回転し、間を置いて便だけが便槽に落下します。これによって便の落下速度が落ち跳ね返り高さも低く尻まで届かないんです。しかも板の周りに積もったモノが跳ね返りを防ぐという効果も期待できます。
 生活のちょっとした工夫なんですが、有るのと無いのでは天と地ほどの違いが生じるものなんですねえ。

 これと同様に、小便器に新しい杉葉を入れておくことがあります。
汚臭を消し「急ぐとも 心静かに手を添えて 外に漏らすな朝顔の露」の芳香と跳ねを防ぐ効果もありそうです。
 小さな工夫やちょっとした心使いが日常生活に潤いをもたらしていました。現代の水洗便所に備えた色付き洗浄剤や芳香剤がその末裔かも知れませんが、似て否なるモノにすぎないのでは?
絵付のある有田焼便器なんかみると、今より高い美意識と文化性を感じます。
 清潔で衛生的な設備を手に入れた代わりに失った大きなモノが有りますね。
posted by ヒコベエ at 02:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 便 所 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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