2008年12月31日

若ぇ衆(わけぇし)の笑顔はうつるんです。

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 この冬一番寒〜い日の昼下がり。南アルプスプラザの暖炉にへばりついていると、いきなりにぎやかな声とともにホッペタを真っ赤っかに染めた若ぇ衆がワッと入ってきました。
今日はプラザで昼食会。若ぇ衆たちみんなの笑顔からうれしそうなワクワク感が伝わってきて、周りのおじさんたちにも思わずもらい笑みがこぼれます。若ぇ衆の笑顔はうつるんです。
いっぺんに店内が明るくなったようです。
 見ると保育士せんせいは世にも珍しいネンネコ半纏姿!。まあるい背中を覗き込むと、ぐっすり眠り込んだまん丸顔、やっぱりホッペが真っ赤っか・・・・・・・ちょっと指で突っついてみようか・・・・・・あっ動いた。
しかし起きる気配は微塵もなしっ・・・・・・・・この世の幸せを独り占めしてるような寝顔です。
 
 なんだかこういう光景に出会えるってうれしいもんですねぇ。
明日から冬休みだそうです。♪♪もうい〜くつ寝るとお正月〜♪♪・・・・・・・・・・・・・・あっ あと2時間でお正月

振り返れば記事掲載を半年もサボってしまいましたが、歳の仕舞に帳尻を合わせたかっこうで申し訳ありません。みなさま良い正月をお迎えくださいませ。
来年も倍旧のご厚情を賜りたくよろしくお願い申し上げます。
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2008年06月23日

まっくろくろすけが出たっ!

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お寺の裏で車から降りたとたん、向うから4匹の「まっくろくろすけ」が転がってくるではあーりませんか。
ヤヤッ!ナンデアルか愛デアルか、犬ッコロデアル。
 ヨシッ撮ったるぞぉとカメラを構えるが、もはや旧式のマイ・コンデジのオートフォーカスでは、全く落着きなくはしゃぎまわる連中が画面に収まらない。
しかたない、片手をヒラヒラさせて4匹をおびきよせようとしたところ四匹が一斉にハグハグッベロベロッのヨダレ攻撃である。
ありゃりゃという間に手もカメラもベトベトにされてしまったのだった。
しかし、自分のケツやマタグラを甞めたその舌でベロベロやられてもなー。
・・・・・・・・・可愛いから許したる。
 あの犬特有の体臭を嗅ぐと条件反射のようにヨダレがあふれ出てきちゃうんだわね。
子供のころ犬小屋で寝てたもんなー、愛犬ジョンとは兄弟同様の生活してたし、飼い犬というより犬に飼われてた子供だったしな〜。

 ところでこの仔犬たちは甲斐犬の雑種で生後2ヶ月、自由に伸び伸びと良い環境の下で育っていますが、二年後には鹿を捕らえ猪と戦う戦士になろうってんだから侮りがたい「お犬さまたち」なんです。
写真を撮った翌日には毛足の長い2匹が南部町にもらわれて行ってしまいました。
ちょっと残念です。
飼い主のカズオ先生は残った雄雌2匹に「カンス」「シイラ」と名前を付けました。
シイラカンスのように長命を願って命名したそうですが・・・・・・いかがなものか - と。

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2008年01月01日

賀正

H20図案ミニ.JPG

「赤沢宿よいしょっと」ヤットコスットコ創業2年目を迎えることができました。コレもひとえに・・・・・・・・ということで、本年は週一回の記事更新を理想に掲げながら、ユルユルと続けていきたいと思います。東は練馬を越えてシカゴから西は佐渡島辺りへと国際的に拡がる愛読者の皆様におかれましては本年も益々のご健勝とご多幸をお祈り申し上げつつ、倍旧のご厚情を賜りたくおん願い上げ奉り候 んであります。
posted by ヒコベエ at 03:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月30日

柿の実が赤く色付くころ

赤沢紅葉 019コピー.JPG

柿の実が赤く色付くころ 友が逝く
時は流れ 日が去り 
彼は千の風となりしや いずこへ吹かん
想いは牧水歌碑に宿り 七面山のふところに眠る
月が去り 年が行く
萬年橋の下を春木河が流れる
記憶はわれ等が胸に 留まる
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2007年08月01日

赤沢モノクローム チャカポコチャカポコ

2006年8月1日に遭遇した不思議な出来事について、ちょっと話を。
普段なら熟睡中であるはずのam4:25、どうした訳かこの日に限って薄ボンヤリとお目覚め。
未だ外は暗く夜明け前の赤沢集落は深い森の中で薄墨色に沈み、人々が起き出す直前の静寂に包まれた時間だった。
そのときである。どこかでヒグラシ蝉がカナカナカナと鳴き始めたと思う間もなくあちこちから湧き上がるように鳴き響き、カナカナの大合唱は波のように拡がり、うねりながら森全体が鳴動し始めた。
ウワッすごい、ナニが始まったんだ?と思わず跳ね起きたのだった。
このカナカナ大合唱は約10分間続き、AM4:35にピタリと止み、気が付けば元の静寂に戻っていたのである。
しばし呆然としている間にやがて鳥のさえずりが聞こえ始めて、外は白々と夜が明けたのだった。アレは空耳だったのだろうか?

しかし空を覆うようなカナカナ大合唱ウェーブはどっかで聴いたような気がするナー・・・・・・・・・・・・・・・。佐渡の鼓童だ、
締太鼓7台・14本のバチが繰り出す音の洪水「モノクローム」の演奏。そっくりというか正にそのものじゃないか!  
しかも夜明け前の薄墨色の闇は、曲名「モノクローム」であるに違いない。こりゃもう間違いないことに決めたっ。

1976(昭和51年)作曲したのは現代音楽の巨匠・故石井真木である。
彼はある時ある場所でこの時間にカナカナ大合唱に遭遇した。思わず寝床から跳ね起きたにに違いない。・・・・・・・ここまではオラと一緒である。
違うのはここから先、彼は急いでペンを取りカナカナ合唱を採譜した。オラはアレは空耳だったかな〜と呆然としてる。これが巨匠と平平凡人との分岐点と言える。
それだってオラは心臓がドキドキするほど大満足なのだ。音楽とは無縁なモンが「モノクローム」と「石井真木」をこの時に大発見しちゃったのだから。

 鼓童もなーよ鬼太鼓座時代から幾十年、オオイさん、ヨシカズさん、モッちゃん、きっとみーんな知らねで太鼓打っとーどに。こんだぁおせーてやらざーよう。(ムフフのフである)

ところで2007年はどうだったか?というと、7月26〜31日の間、残念ながら赤沢モノクロームには出会えませんでした。・・・・・・・・・・・・・・・・・8月1日は?
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2007年06月04日

檻に入れられた犯罪者たち?

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「不法侵入で検挙され檻に入れられた犯罪者たち」という構図ですが、コレ実際起きた地震動を三次元で再現するという優れもの振動台なのです。
先月の5/26に体験してきました。
この日は、直近に起きた大地震「1995年兵庫県南部地震、2004年新潟中越地震、2007年能登半島地震」という異なった三タイプの地震を振動台に乗り体験しました。
新潟中越地震における東西方向の最大変位29cmというのは、体感では左右に1mぐらいゆすぶられたように感じ、振動台の再現性能を超えており、この時の地震加速度898gal(cm/sec2)はというと・・・・・・

Scan1.JPG
両手で鉄柵をしっかり握って、床にへたり込んで、さあ来るぞっ!
と待ち構えていたところへいきなりものすごい衝撃が襲い掛かかってきたので、それに吹っ飛ばされまいと必死に柵を握っていただけでした。
これが日常の生活にいきなり起きたら・・・・・
逃げるどころか手近に支えがあったとしても、なすすべが無いなぁというのが実感です。
“背後からいきなり突き飛ばされた”といったような感覚じゃなく、被災した方々の誰かが発した“地球が壊れる”という言葉の感覚を少しだけ実感できた気がします。
わずか10秒余の地震の衝撃だけど、人間の体と心をクラッシュさせるに充分です。

大勢の人が体験できればいいと思うのですが、本来がかつての住宅公団、今UR都市機構・都市住宅技術研究所の実験装置であり、年に2日間だけ一般公開する目玉イベントだったのです。
掲載の地震資料は同研究所作成配布したものです。
posted by ヒコベエ at 17:33| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月14日

87年前の新聞から

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jikokuhyou-1.jpg DSCN0054新屋箱.JPG
古い木箱の敷き紙に使われていた古新聞紙を何気なく覗いて見たら、な、なんと大正9年6月12日(土)付けサンニチ新聞ではありませんか。よくもまあ残っていたものです。しかも大正5年11月15日改正??の甲武鉄道(JR中央線)「汽車発着時間表」が載ってますがな。4年間もダイヤ改正無し?これ見ると一日当たり、上り下り6本ずつで、始発が「飯田町」ってどこだろ?
 調べました。現在の飯田橋と水道橋の中間辺り、今JR貨物の建物があるる処が昔の「飯田町駅」跡地なんだそうです。
 この新聞紙の時間表は途中で破れていたので正確ではありませんが、当時飯田町〜甲府間を5時間半ぐらいかかったようです。
この頃身延線はまだ通じていなかったし、山間部の赤沢地区では新聞は郵便で配送されていました。


posted by ヒコベエ at 03:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月02日

賀正

年賀状H19.jpg   新年おめでとうございます
よたよたと歩き始めたブログ「赤沢宿よいしょっと」ですが、早いもので一月が過ぎました。毎日見てくださる方々がいらっしゃるのに、記事の更新が遅くて申し訳ありません。
実はあまり沢山の記事ネタがありすぎて選択に困っているのです
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ウッウソです。ふらふら
 真面目で正しいジョーホーをモットウに日々精進しつつ書きこみ書きこみ申し候ですので、これからもお見捨てなさりませぬよう、皆さま本年もよろしくお願い申し上げます。
posted by ヒコベエ at 23:44| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月25日

白銀

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皆さんはじめまして。学生だった頃に調査で赤沢に出入りするようになり、ン年目のしばっちです。
私もよってたかってこのブログを書いていきますので、よろしくお願いいたします。

さて、今日は久しぶりに赤沢に上りました。
そして、さぁ帰ろう、と思った時に見えたのが真っ白な南アルプスでした。
ちなみに、七面山の登り口である羽衣の橋の上からも、南アルプスがとってもきれいに見えるんですよ。

寒い時期に赤沢にお越しの際は、ぜひ南アルプスの眺めを楽しんで下さい!
posted by しばっち at 13:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月20日

万能丸で行こう

mannougan.jpg何気なく夕刊をめくっていたら“おやっ”と目に止まった記事がこれです。
マンノウガンは耳にしたことあるけど「万能丸」と書くとは初めて知りました。早川町が誇るべき言葉ですよね。
一般に百姓という語が=農民と誤解されていますが「百の姓を持つ人々」という敬称であり、「万能丸」にも相通じる日本の古き良き伝統を意味しているのではないでしょうか。
 毎日新聞の磯和記者は、暗い話題が続く世相に対して “万能丸で行こうよ” 「LOOK早川町!」と世の中にエールを送ってくれたのだと思います。

この記事は毎日新聞2006年12月19日夕刊に掲載されたので、当の早川町民には届いていないのが残念ですが、首都圏の多くの人々が早川町に目を向けて、サポーターになってくれるといいなぁ。

ちなみにお問い合わせは日本上流文化圏研究所 пi0556-45-2160)です。
posted by ヒコベエ at 12:05| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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