2008年01月17日

集落の風景・百年を経て

100年前と現在の集落.JPG
 大正初年の写真に注目! 電柱電線がありません。なので現代の写真からも電線電柱を消して風景百年の差を比べてみました。

赤沢に電気が通じたのが大正11年です。それ以前のこの写真には江戸時代に遡る赤沢の生活風景を示す貴重な情報が詰まっています。
手前の物置が寸詰まりになって少し移動してるぐらいで背景の家並みの配置や林も現在と変わっていませんね。では百年前の風景とナニが変わったんでしょうか?
笹板屋根
手前の物置と左側主屋の屋根は「笹板葺き=木端葺き」といって栗材を幅10cm長さ36cm厚さ4-5mm程に割り取った板を4段重ねに葺き、表面に見えているのは先端の4分の1だけです。1u当り100枚余の板が必要となるので小さな物置でも数千枚の割板が使われています。
釘のこと
板は一枚づつ釘止めしていますが、洋釘が普及する明治中期以前には和釘(巻頭釘)が使われていました。鉄そのものが貴重だった江戸時代には竹釘などが使われたのではないかと思います。
赤沢民家の多くはトタン屋根を解体すると下から当時のまま笹板屋根が出てきます。和釘と洋釘が混在し、洋釘にも形や鉄の品質の違いがあって、幾度も修理を繰り返した様子が伺えるのです。さすがに竹釘は出てきません。もっとも赤沢民家の屋根が笹板葺きになったのはそう古くはなく、それ以前は草葺(茅や麦藁)だったのです。

草葺きから板葺きへの謎へとつづく

さていかなる展開が待ち受けてるのか・・・・・・・請うご期待
posted by ヒコベエ at 01:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 町並みと建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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